2013.1.31 第2回 「防災教育の現場から」

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1月31日に、「防災教育の現場から」というテーマで、第2回学校づくりゼミが開かれました。
ゲストには、岩手県教育委員会指導主事の森本晋也先生と、東京大学地震研究所助教の大木聖子先生をお招きしました。

■ 「釜石の奇跡」の背景にあった、防災教育

まず、森本先生から、釜石東中学校の防災教育について、ご講演がありました。

釜石東中学校のあたりには、3.11のとき、校舎の3階を越える高さの津波が襲ってきました。中学校の生徒たちは近くの高台まで避難を開始し、また、小学生も、中学生の逃げる姿を見て避難を始めたそうです。大人でも逃げ遅れてしまった方が数多くいた中で、子どもたちが逃げ切ったことは奇跡的であるということから、この釜石の事例は、しばしば「釜石の奇跡」とも呼ばれています。

しかし、これは「奇跡」ではなく、ある意味で当然の結果であったとも言えます。
なぜなら、釜石市では、2011年の震災以前から、防災教育に力を入れてきたためです。

では、釜石市や釜石東中学校ではどのような防災教育の取り組みが行われてきたのでしょうか。

釜石市の防災教育プログラムは、「自分の命は自分で守ることのできるチカラ」をつけることを主眼として作成されました。まずは自分から進んで逃げる「率先避難」が、重要だとされているのです。
(※この点については、後ほどの大木先生のコメントの箇所で、再度ご紹介します。)

また、プログラムの作成協力校であった釜石東中学校では、「助けられる人から助ける人へ」「防災文化の継承」といったことも、ねらいとして掲げられています。この「助けられる人から助ける人へ」というのは、高校生や働く世代は釜石の中心街に出てしまうため、日中に災害が起きた場合、中学生には他の人を助ける重要な役割があるということです。

釜石東中学校では、全校での取り組み、教科での取り組み、総合学習や道徳での取り組みなど、様々な形で行われています。全校での取り組みとしては、防災オリエンテーションや、小中合同避難訓練などがあります。また、1年生の総合学習「てんでんこ」では、津波について体感するとともに、地域を自分たちの足で歩くことで防災意識を高め、また先人たちの教えを多くの人に広める学習が行われました。具体的には、津波の高さや速さを疑似的に体感してみたのち、地域に昔から伝わる言い伝えを調査し、それを発信するビデオを自主製作したそうです。

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また、生徒の発案による取り組みもあったそうです。ある生徒が、家の前に貼る「安否札」(逃げたということを示すもの)を普及することを、先生に提案したことがきっかけとなり、生徒たちが100軒ほどの家々にチラシを配布するなど、生徒会が中心となって安否札の普及に取り組んだそうです。
(※実際の「安否札」の写真は、こちらのwebサイトの下部などからご覧頂くことができます。)

■ 「率先避難」はなぜ大切なのか

次に大木先生から、こうした釜石市の取り組みについてコメントを頂きました。先ほど述べた「率先避難」は、緊急事態における同調性についての心理学の知見が活かされているといいます。例えば、火災報知機が鳴ったとしても、ただちに建物から逃げるという人などいないように、何かあっても、人は「まず大丈夫だろう」と思ってしまうのだそうです。だからこそ、誰かが「率先避難」することが、とても重要となるのです。

その点では、大人はこれまでの経験に基づく前提にとらわれてしまいがちですが、子どもはそもそも経験が少ないため、経験で判断しにくいと考えられます。したがって、子どもが「率先避難」することで、大人も一緒に逃げることが可能になるのであり、だからこそ、学校教育が重要なのだそうです。

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さらに話は、これまでの(学校)教育の課題にも発展していきました。

平時においては、落ち着いて情報を収集した上で、ベストである答えを導き出すことが良しとされがちです。しかし緊急事態では、限られた情報の中で、常にベターな判断をすることが重要になるといいます。しかし、こうした緊急事態でどのように判断し行動するのか、という想定での学習はあまりされてこなかった、と大木先生は指摘します。「正解」を教える場所であった学校で、いかにして防災教育を行うのか。そうした課題に取り組むことが求められるのです。

また、学校の先生は多くの場合、まずメカニズムを伝えようと考えますが、研究の結果、メカニズムを知るということは満足感につながり、アクションを起こすモチベーションにはむしろ結びつきにくいということがわかったそうです。メカニズムについての知識よりも、具体的なエピソードなどからアクションの重要性を認識していくことが重要なのです。

こうした点を踏まえても、「率先避難」を軸として、いかにして生徒たちが実際に行動するようになるかが考え抜かれた実践を、様々な形で展開している釜石市の取り組みは、特筆すべきなのだそうです。

なお大木先生は、防災教育の難しさは、震災が起こるかどうか、いつ起こるかわからない以上、「生き残る」ということにモチベーションを保ち続けるのは簡単ではないという点にもあるといいます。そのような中で、いかに学校教育で防災教育を導入し、また続けていくかということを考える必要があると言えそうです。

■ 防災教育のこれから

岩手県では、各学校が、復興教育の中で「防災」を位置づけており、森本先生からは、釜石市以外のそのような学校の事例についても、いくつかご紹介がありました。例えば、平泉町立平泉小学校では、これまでの世界遺産の学習に加えて、防災教育を取り入れているそうです。また、大船渡市立越喜来小学校では、実際にまちに出て防災マップを作成し、地域の人も交えた検証会を行っているそうです。さらに、大槌町の小学校では、こころのケアと防災教育を組み合わせた取り組みも実践されています。

このような多様な取り組みが展開されていくにあたり、教育委員会の役割も重要であるといいます。具体的には、学校への働きかけや、学校・家庭・地域・行政の連携・協働の推進、学校への評価や励まし、一過性のものにしないための継続的な取り組みの支援などが挙げられていました。

また大木先生からは、防災教育の課題として、津波の教訓を得た代わりに、揺れの防災対策が抜け落ちてしまいがちになっているという点が指摘されました。

例えば、従来の防災訓練は、校内放送ができる状況や、子ども・生徒一人ひとりに一つ机がある状況が暗黙のうちに想定されていましたが、実際の地震はそのような状況で起こるとは限りません。そのため大木先生が支援して行った防災訓練では、掃除の時間など、想定外になりがちな状況を敢えて選んで訓練を行い、想定外の状況の中で子どもたちがその場で判断をして行動できるような訓練を行ったそうです。音楽室で訓練したときには、木琴の下に子どもたちが隠れてみた後、木琴の下は安全なのかということが議論にもなったそうです。こうした機会を、少し時間があるときに、短くても良いので積み重ねていくことが大切なのだそうです。

こうした訓練を、すぐにでも躊躇なくできるようにすることが、3.11を目撃した大人の最低限の責任ではないかと、大木先生は問いかけていました。

■会場からの質疑応答

Q.
時間が経つにつれて、被災地以外の地域では記憶の風化が出てくるのか。また、こうしたことを踏まえると、防災教育は、努力義務ではなく義務として取り入れていくべきではないか?

A.
(森本先生)
風化は、岩手県内部でも起こっている。ただ、義務にするかどうかについては難しいところでもある。現在の岩手県のスタンスは、復興教育(防災教育を含む)を学校経営に位置づけてほしいというもの(そもそも小中学校については、設置者は市町村なので、県としては「お願い」しかできない)。学校経営に位置づけるというのは、必ずやるということであり、ひとまずはそれでも十分大きな前進ではある。

(大木先生)
義務化できたら確かに良いとは思う。ただ、実際にやるのに相当時間がかかる、教えられる先生の養成をどうするか、といった形で、義務化するまでには、いろいろと時間がかかってしまうし、そうしている間に地震が起きてしまうかもしれない。そのため、仕組みや文化を変えていくということにも取り組みつつも、同時に、今の仕組みの中でできることをやっていくことも重要だと考えている。

Q.
防災教育の際の、教科間の連携については、どのようにお考えか?

A.
(森本先生)
地域教材で実践を行う場合、総合学習を使うと、連携のチャンスとなる。ただし、釜石東中学校の場合は、防災に限らず日頃から違う場面でも地域連携をやっているからこそ、抵抗がなかったという点もあり、こうした日頃からの連携の体制が、防災についても強みになる

Q.
震災が起きた直後だからこそ、防災教育への地域の協力を得やすいと思うが、(例えば子どもが学校から卒業するなどして)学校とのつながりが切れてしまうと、協力してもらいにくくなることはないのか?

A.
(森本先生)
釜石東中学校でかかわってくれる地域の人には、子どもがいない人も結構多かったが、もともと町内会や民生委員などと良い関係があり、また生徒会活動や総合的な学習などでも地域とのかかわりがあったため、「防災でも連携しませんか」というように、話を持っていくことがしやすかった。地域に学ぶという学習が日頃からあることによって、防災学習にも協力してもらいやすくなるのではないか。

Q.
主体的に考えられない、逃げられないという子どもたちも、中にはいるのではないか。例えば、特別支援学校などは大変ではないだろうか?そうした、判断が自分では難しい、あるいは判断が遅れてしまうという子どもたちへのフォローアップは、いかにして行えばよいのか?

A.
(大木先生)
特別支援学校でも防災教育は推進している。障害の種類などに応じて、多様な訓練が必要となる。例えば、耳が聞こえない子どもの場合、サイレンを光らせたり、狭いところに入るのが怖い子に、キャラクターのポスターを使って下にもぐる誘導を行ったりするといった具合である。防災教育においては、バイキングのように、たくさんのメニューを用意することが大事であり、正解、不正解があるものではない。皆さんが思いついた実践でも、面白いものがあるかもしれない。

■グループでのディスカッション & まとめ

質疑応答の後、参加者のみなさんには、グループ内で、講演の感想を共有して頂くとともに、自分がいる場所で何ができるかを話し合って頂きました。限られた時間ではありましたが、議論はたいへん盛り上がったようでした。

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グループの中で出た話を全体に共有して頂いたところ、「今日聞いた話を、周りの人にもっと呼びかけていきたい」「大学で防災訓練を全くしていないことに危機感を持った」「ホームルームで、防災のケーススタディをしたい」といった声が挙がっていました。

最後に、森本先生と大木先生から、それぞれまとめの言葉を頂きました。

森本先生は、防災教育の「必要感」を持ち続けることが大切であり、今の子どもたちが、今すぐ、あるいは10年後、20年後、30年後に地震にあうかもしれないからこそ、そうしたときに子どもたちが命を落とさないようにするために、できることをやっていきたいとおっしゃっていました。

大木先生は、自分自身が接した子どもたちが10ヶ月後に被災したとき、地震学者として何をすべきであったかを問い直した経験を語って下さいました。その経験から、メカニズムを語るのではなく、生活者の視点に立ったときに何を伝えるべきなのか、ということを考えなくてはならないという思いを強く持つようになったそうです。

■参加して下さった方の感想より

・「避難訓練のあり方、これからの可能性についてはじめて気づいたことや考えたことがたくさんありました。まずはできることから、学校教育に取り入れる必要があるのだなと感じました。」

・「学校教育では、与えられた情報を判断する訓練はなされますが、情報のない中でイメージし、判断する訓練には欠けているのかもしれないと感じました。多くの学びと気付きをありがとうございました。」

・「防災教育について、関わりのある高校先生との議論をしていきます。また地域によって災害の種類が変わるとおもいますが、各地域毎のプログラムを議論していきたいと思います。」

・「子どものときに体験して学んだことがずっと身につくという大木さんのお話が、一番印象に残りました。現在在学している子どもを守るというだけでなく、子どもたちが大人になった後も“生き抜く力”を身につけさせるという意味でも、防災教育の重要性を感じました。」

・「防災について最先端で研究をされている方、3.11の際に実際に防災教育に取り組んでいた方のリアルで説得力のある話が聞けて、大変参考になりました。子どもから防災についての意識を変える教育に放課後からアプローチしていきたいと思っています。さっそく今後のプログラムづくりに活かします。」

DSC02411森本晋也(もりもと・しんや)先生
岩手県教育委員会指導主事・防災教育担当。震災の前年度まで釜石市立釜石東中学校に勤務し、社会科教員として防災教育に取り組んだ。また、群馬大学の片田敏孝先生の主導のもと、「釜石市津波防災教育のための手引き」の作成に携わり、防災教育の教材作りを行った。事前の防災教育が効果を発揮し、東日本大震災発生時には、釜石東中学校の生徒全員が津波から生き延びた。震災後、2011年4月から8月まで大槌町教育委員会にて、被災した学校の支援を行うなど復興に尽力。現在は、岩手県教育委員会の指導主事として、県内各校の防災教育に関する助言を行うとともに、全国で講演活動を行っている。

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大木聖子(おおき・さとこ)先生
東京大学地震研究所助教。阪神・淡路大震災を機に地震学研究者を志す。東京大学大学院理学系研究科にて博士号取得後、カリフォルニア大学サンディエゴ校スクリプス海洋学研究所にて日本学術振興会海外特別研究員、2008年4月より現職。主な著書に、『超巨大地震に迫る-日本列島で何が起きているのか』(纐纈一起教授との共著、NHK出版新書)、『地球の声に耳をすませて』(くもん出版)など。現在は災害情報、防災教育、科学コミュニケーション、地震学の研究を行いながら小中学校の防災教育への協力や、様々な研究成果のアウトリーチ活動に尽力している。2012年9月、TBS系列「情熱大陸」出演。

(文責: 古田 雄一 東京大学大学院教育学研究科修士2年)

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